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名古屋地方裁判所 平成7年(行ウ)45号 判決

名古屋市昭和区川名山町八一番地二

原告

今枝清子

右訴訟代理人弁護士

石川康之

同市瑞穂区瑞穂町字西藤塚一番地四

被告

昭和税務署長 野中昭幸

右指定代理人

渡邉元尋

右同

堀悟

右同

片桐教夫

右同

小林孝生

主文

一  被告が、原告の平成四年三月二六日相続開始にかかる相続税について平成五年七月九日付けでした更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、課税価格一〇億二四五六万八〇〇〇円、納付すべき税額二億〇〇七四万四五〇〇円、過少申告加算税一三三八万四〇〇〇円を超える部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告の平成四年三月二六日相続開始にかかる相続税について平成五年七月九日付けでした更正のうち、課税価格五億七五一四万九〇〇〇円、納付すべき税額八四六二万〇八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告の相続税更正処分に対し、被相続人は、従前貸駐車場として利用していた土地に賃貸用テナントビルの建築を予定し、右テナントビルの区分所有権を右土地との交換契約により取得することとなっていたが、右テナントビルを取得する前に死亡したのであるから、相続財産は右土地であって、かつ右土地は事業用宅地として、租税特別措置法六九条の三の適用があるべきであること、相続財産のうち一部の土地の評価が時価よりも高額であることを理由として、右更正処分等の取消訴訟を提起したものである。

(争いのない事実等)

一1  今枝和義(以下「和義」という。)は、昭和四四年一一月一〇日に、名古屋市中区丸の内一丁目二〇五番の宅地、四八八・五三平方メートル(以下「二〇五番土地」という。)を今枝隆義から相続したが、昭和四八年、それまで同土地上で行われていた映画館業を廃し、二〇五番土地及び同人の母今枝藤子が所有し二〇五番土地に隣接する同区丸の内一丁目二〇七番の二の宅地、一二三・三九平方メートル(以下「二〇七番二土地」という。)を一体的に利用して貸駐車場業を開業した(以下「本件貸駐車場業」という。)。

2  和義は、平成三年三月二七日、今枝藤子から、二〇七番二土地の持分(二六万八九七三分の七万一四〇二(三二・七五平方メートル相当)。以下「二〇七番二土地持分」という。)の贈与を受けた。

3  和義は、平成三年四月、本件貸駐車場業を廃し、平成三年五月二一日、三和建物株式会社(以下「三和建物」という。)との間で、次の内容の契約を締結した(以下「本件契約」という。)。

(一) 和義は、三和建物に対し、二〇五番土地の持分(二六万八九七三分の七万一四〇二(一二九・六八平方メートル相当))及び二〇七番二土地持分(合計一六二・四三平方メートル相当。以下「本件土地」という。)を代金六億〇四二三万九六〇〇円で、売り渡す(以下、和義の三和建物に対する右代金請求権を「本件代金請求権」という。)。

(二) 三和建物は、本件土地上に鉄骨造陸屋根地上八階建、一棟事務所・駐車場、延床面積四一一二・七六平方メートル(以下「本件建物」という。)を建築し、和義に対し、同建物の区分所有権(専有部分面積一九七五・七一平方メートル。以下「本件建物持分」という。)を、代金九億九八〇〇万円で和義に売り渡す。

(三) 和義と三和建物は、本件建物引渡時に、(一)及び(二)の各売買代金債務を対等額にて相殺し、和義は、三和建物に対し、相殺差額金三億九三七六万〇四〇〇円を支払う。

(四) 売買物件のそれぞれの所有権の移転は、建物竣工後一五日以内の和義及び三和建物の定めた日に行うものとし、同時に和義及び三和建物は互いに相手方に対して、売買物件の所有権を移転しかつ引き渡す。

4  本件建物の工事は、平成三年七月二〇日に、着工し、平成四年三月末日当時、その工事の進捗率は五五パーセントであった(甲五四)。

二1  和義は、平成四年三月二六日に死亡した。

2  その後、和義の相続人である原告、長男今枝義博及び長女今枝知子間に原告一人が相続財産の一切を承継するとの遺産分割協議が調った。

三  原告は、被告に対し、右遺産分割協議成立後である平成五年一月四日、別紙課税経過一覧表申告欄記載のとおり、相続税の申告書を提出し、次いで、平成五年六月一八日、別紙課税経過一覧表修正申告欄記載のとおり修正申告書を提出した。

右各申告の際、原告は、相続財産のうち名古屋市名東区西里町一丁目五五番の宅地、二〇二・八四平方メートル(以下「西里町土地」という。)を、金六一四六万六六六六円(一坪あたり一〇〇万円)と評価した。

また、原告は、二〇七番二土地持分を相続財産とし、金四三六六万六六六七円(一坪当たり四四〇万円)と評価した。

さらに、原告は、二〇五番土地を相続財産とし、一坪当たり四四〇万円で計算した上で、租税特別措置法六九条の三(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例、平成四年法律第一四号により改正された後のもので平成六年法律第二二号による改正前のもの。以下「本件特措法」という。)を適用し金四億六四七〇万六六六七円と評価した。

四  これに対し、被告は、平成五年七月九日付けで、別紙課税経過一覧表更正欄記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税賦課決定を行い、その旨原告に通知した(以下「本件処分」という。)。

その際、被告は、本件土地ではなく本件代金請求権が相続財産であるとし、その代金額金六億〇四二三万九六〇〇円をその評価額とした。また、本件契約の対象とならなかった二〇五番土地の持分(二六万八九七三分の一九万七五七一(三五八・八五平方メートル相当)。以下「契約対象外土地」という。)の評価につき、路線価を適用し、本件特措法を適用することなく金七億八六六七万〇九七〇円(一平方メートルあたり二一九万二二〇〇円、正面路線価二二六万円に奥行価格補正率〇・九七を乗じたもの、一坪あたり七二三万四二六〇円)と評価した。さらに、西里町土地の評価につき、路線価を適用して金八四一七万八六〇〇円(一平方メートルあたり四一万五〇〇〇円、一坪あたり一三六万九五〇〇円)と評価した。

五  なお、和義の相続財産のうち、原告・被告間で、その客体及び評価ともに争いのない相続財産は別紙争いのない相続財産記載のとおりである。

六  原告は、本件処分を不服として、平成五年九月八日、被告に対し、異議申立てをしたが、被告は、平成五年一二月七日付けで、原告に対し、右異議申立を棄却した。

原告は、平成六年一月七日、国税不服審判所長に対し、右異議申立棄却を不服として審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成七年八月二八日付けで、右請求を棄却する旨裁決し、同年九月一三日、原告に、右裁決書謄本が送達された。

そこで、原告は、平成七年一二月一二日、本件処分のうち、原告の修正申告額を超える額の取消しを求める本訴を提起した。

(争点)

一  本件契約に係る積極相続財産は何か。

二  本件契約に係る積極相続財産、契約対象外土地及び西里町土地の評価額はいくらか。

三  本件土地(または契約対象外土地)に本件特措法の適用はあるか。

なお、本件特措法の対象となるものは、相続または遺贈により本件特措法の要件に該当する宅地を取得したすべての者に係る全てのこれらの宅地等の二〇〇平方メートルまでの部分で、これらの宅地等を取得した個人があわせてその二〇〇平方メートルまでの部分として選択した部分とされているところ、契約対象外土地は三五八・八五平方メートル相当であり、本件契約により譲渡される面積一二九・六八平方メートルを除いても二〇〇平方メートルを超えるので、本争点は、争点一の結論を問わず争点となる。

(争点に対する当事者の主張)

一  争点一について

(原告の主張)

和義が、本件代金請求権を実現することはあり得ないから、本件契約の実質は、本件土地と本件建物持分との交換契約である。そして、本件契約の特約により、相続時において、和義は、いまだ本件土地の所有権を有していたのであるから、本件契約に係る積極相続財産は本件土地所有権と解するべきである。

被告は、和義が、平成三年分の確定申告で、本件土地を譲渡資産と申告していることを捉えて、和義の相続人である原告が本件土地の所有権の移転がなされていない旨主張することは信義則に反すると主張している。しかし、所得の計上時期は、所得税法上の課税理念に即した思考であり、相続税については相続税の課税理論があり、両者を混同すべきではない。また、原告は、右確定申告について修正申告をしているものであって、何ら右確定申告により利得を得ていないのであるから、ことさら信義則に反すると非難されるものでもない。

(被告の主張)

1  和義は、平成四年三月一六日、被告に対し、平成三年五月二一日に、本件土地の所有権を代金六億〇四二三万九六〇〇円で譲渡したことによる所得があったこと、本件土地を譲渡資産とし、本件建物持分が買換資産であるとして租税特別措置法三七条一項(特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例)を適用して、平成三年分の所得税の確定申告をした。

このように、和義は、本件土地を平成三年中に譲渡し、その後、本件建物持分を取得する予定であったのであり、本件契約は本件土地売買と本件建物持分売買という二つの売買契約が結合したものであった。そして、和義の死亡時点では、本件土地の共有持分は既に譲渡済であったから、原告の本件契約に係る相続財産は、売買代金請求権であると認められる。

2  仮に、実体的には、相続時に本件土地所有権が三和建物に移転していないとしても、和義は、平成三年五月二一日、所得税法基本通達三六―一二に基づき、本件土地所有権の譲渡時期を売買契約成立の日と選択し、そのことを前提として確定申告をしているのであるから、和義の相続人である原告が相続税との関係で同じ土地についていまだ所有権の移転がなされていない旨主張することは、信義則に反するものである。

また、たとえ本件土地の所有権が原告に残っているとしても、もはやその実質は本件売買代金請求権を確保するための機能を有するにすぎないものであり、原告が相続した本件土地の所有権は、独立して相続税の課税財産を構成しないというべきであり、相続財産としては売買代金請求権となる。

3  仮に本件契約を交換契約と解するとしても、相続時において、和義は、三和建物に対して、本件建物持分の引渡請求権を有していたことになる。そして、三和建物は、本件契約締結後、本件土地上に本件建物の建築に着手しており、相続開始時点では相当程度建築が進行していたと認められる。また、和義は、三和建物に対し、相続時までに、建築される建物の代金の一部として前渡金二億二〇〇〇万円を支払っている。

このような状況を考えれば、たとえ本件土地の所有権が原告に残っているとしても、もはやその実質は本件建物持分の引渡請求権を確保するための機能を有するにすぎないものであり、原告が相続した本件土地の所有権は、独立して相続税の課税財産を構成しないというべきである。

したがって、本件契約に係る積極相続財産は、本件建物持分の引渡請求権であると解すべきである。

二 争点二について

(原告の主張)

1  本件契約に係る積極的相続財産は、本件土地所有権であるが、二〇五番土地及び二〇七番二土地の時価は、バブル崩壊により暴落し、相続時の時価は、ともに坪当たり四四〇万円相当であった。

2  なお、本件契約に係る積極的相続財産を本件建物持分の引渡請求権と解する場合には、同建物の評価は交換のためにバブル最盛期になされたものであり、相続開始時には、その時価は暴落していることに留意すべきである。

3  西里町土地の時価も、二〇五番土地や二〇七番二土地と同様、バブル崩壊により暴落し、相続時の時価は、坪当たり一〇〇万円相当であった。

(被告の主張)

1  本件契約に係る積極的相続財産を本件代金請求権と解するときには、その評価額は、売買代金額六億〇四二三万九六〇〇円である。

2  本件契約に係る積極的相続財産を本件建物持分の引渡請求権と解するときには、本件契約で定められた本件土地及び本件建物持分の価格は、和義と三和建物との間で、お互いに、適正な価格として了解された金額であり、相続財産の時価を客観的に明らかにしたものとして十分合理的で、妥当なものであるから、その評価額は、六億〇四二三万九六〇〇円である。

3  契約対象外土地及び西里町土地について

(一) 被告は、右各土地を相続財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七国税庁長官通達(平成四年三月一一日付け課評二―二号による改正後のもの))に基づき路線価によって評価しているが、路線価は、地価公示法に基づいて国土庁が実施する地価公示による公示価格を基礎として、売買実例価額及び不動産鑑定士等の精通者の意見価額を基に、公示価格と同じく毎年一月一日を評価時点として、公示価格水準の概ね八〇パーセント程度により評定されている。

地価公示は、昭和四五年から始められ、過去幾多の批判にさらされながらも、土地取引価格の基準として適正な地価の形成に寄与してきたものであって、客観的な交換価値を最も適切に公表しているものと考えられているのである。

また、路線価は、一年間を通して適用されることとされている。これは売買実例価額等の収集等の技術的理由によるものであり、土地の実勢価格を明らかにしているとされる公示価格を基礎としてその八〇パーセント程度で評定することとして、十分に保守的な評価を行っている。

(二) 契約対象外土地について

(1) 契約対象外土地のすぐ東側に所在する名古屋市中区丸の内一丁目二番九号の標準地において、平成四年の年間下落率は、三五・七一パーセントであった。そして、年間を通じて地価が平均的に下落したとすれば、和義が死亡したのは平成四年三月二六日であることから、相続開始時点における契約対象外土地の地価の下落割合は一〇パーセントにも満たないことになり、その時価が路線価を下回ることはない。

さらに、平成四年の一月から三月までの短期の地価動向によれば、名古屋市中区の商業地の平均で五パーセントほどの地価の低下が認められるにすぎず、平成四年の第一四半期に一気に二〇パーセントを超える地価の下落の事実があったとは認められない。

したがって、被告が路線価により契約対象外土地を評価したことは適法である。

(2) そして、契約対象外土地は、普通商業・併用住宅地区に所在する一方路線に面する土地で平成四年の正面路線価が二二六万円であるところ、奥行距離が二七・四一メートルあることから奥行価格補正(同補正率〇・九七)すべき土地に当たる。

したがって、同土地の評価額は、正面路線価に奥行価格補正率及び相当地積三五八・八五平方メートルを乗じた金額七億八六六七万〇九七〇円となる。

(三) 西里町土地について

(1) 名古屋市名東区において、時価の下落率が住宅地よりも高い商業地で見ても、平成四年の平均下落率は一八・七パーセントであり、地価公示の標準地の変動率は、最低一七・五八パーセントから最高一九・九一パーセントとなっているにすぎない。よって、(二)と同様に、本件相続時において、路線価が時価を上回っているとは到底認められない。

したがって、被告が路線価により西里町土地を評価したことは適法である。

(2) そして、西里町土地は、普通住宅地区に所在する一方路線に面する土地で正面路線価が四一万五〇〇〇円であるところ、奥行きに応じた調整等の必要がないため、同土地の評価額は、正面路線価に地積二〇二・八四平方メートルを乗じた価額八四一七万八六〇〇円となる。

三 争点三について

(原告の主張)

1(一)  和義は、昭和四八年以降、本件貸駐車場業を営んできており、開業の際には、六〇〇万円の資金を投入し、車庫については二八年、アスファルト敷地については一〇年の耐用年数を適用し、営業収入による事業所得の青色申告を二〇年あまり継続して行ってきたものである。被告は、長年にわたり、和義の駐車場業が所得税法上の事業概念に該当するものとしての取扱いをしてきたことは明白である。

(二)  また、和義の収入は、本件貸駐車場業による収入が大半で、長年にわたり一家四人の生活を支えてきたものである。さらに、妻である原告には、専従者給与としての支給もしてきており、減価償却費とあわせて家計費として使用することが可能であったのであるから、標準的な家庭の生計を維持することが可能な程度の規模であることは明白である。

(三)  駐車場経営にかかわる「売上」に対応する集金、顧客の確保など顧客の管理、駐車場の修繕などの維持管理など入金・出金の内容からみても、管理人はいなくとも、和義は、本件貸駐車場業を営むにあたり、管理行為を行い、精神的・肉体的労力を費やしていたものであった。

(四)  二〇五番土地が所在する地域は、北側一帯が名古屋城の堀となっていて、発展性が乏しく、周囲はほとんど旧来のままの状態が続き、バブル期にいたってビルの建設がなされるようになった。このように近隣の発展が遅かったために、和義は、土地の最も有効な活用方法として、不特定多数の顧客を相手にした時間極めの貸駐車場ではなく、月極形態の屋根を設置した本件貸駐車場業を開設したものである。

二〇五番土地周辺において、テナントビルの経営などができる環境となったのがバブルの時期であったのであり、それ以前は立地上もテナントビルができるような事業環境もなく、また和義にそのような資力もなかった。

したがって、和義が、遊休土地の一時的利用のため二〇五番土地に本件駐車場業を開設したということはない。

(五)  以上より、右和義の貸駐車場業は社会通念上まさに事業に該当するものである。

2  したがって、二〇五番土地は相続時において、長年にわたる貸駐車場用の事業用地から賃貸用テナントビルの事業用地に転換すべく、テナントビルが建築中であったものであるから、いずれも事業用地として使用されることに変わりはなく、原告に和義の事業を円滑に承継させる必要があるのであるから、「当該相続の開始の直前において事業の用もしくは居住の用に供されていた宅地等」と同視でき、本件特措法が適用される。

(被告の主張)

1  そもそも本件特措法は、相続の直前において「事業の用もしくは居住の用に供されていた宅地等」をその対象としている。

もっとも、実務の運用上、相続開始時に事業を一時中断していた場合でも、当該相続にかかる相続税の申告書の提出期限までに新建物を事業の用に供しており、又は当該相続にかかる相続税の申告書の提出期限において当該建物を事業の用に供していない場合であっても、それが当該建物の規模等からみて建築に相当の期間を要するため建物が完成していないことによるものであるときは、その完成後速やかに事業の用に供することが確実であると認められるときに限り、当該建物の敷地の用に供されていた宅地等は、事業用の宅地等にあたるものとして取り扱うこととしている(措置法通達六九の三―八)。

2  しかし、本件建物は、和義の死亡にかかる相続税の申告書の提出期限である平成五年一月四日以前の平成四年七月に既に完成していたにもかかわらず、右期限までに三和建物からの引渡しすら行われておらず、事業の用に供されていた事実は存在しない。

3  また、本件賃貸駐車場業は、そもそも、本件特措法にいう「事業」に該当しない。

(一) 「事業」には、事業と称するに至らない不動産の貸付その他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行う事業に準ずるものは含まれない。

また、「事業」であるかどうかの判定は、人の社会的活動といいうるものであることを前提に、一次的には、規模の大小をその判断要素とし、二次的には、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における企業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して、社会通念上事業といいうるか否かによって判断されるべきものと解すべきである。

さらに、不動産の貸付は一般的に不労所得の典型的なものの一つであるから、貸駐車場の事業性を判断する場合に重要な意味を持つのは、土地利用形態としての貸駐車場の経済的有利性、継続的に行ってゆくことに対する見通し、投下資本に対する効率の度合、投下する労力の程度、そのための設備に対する種々の企画や考慮等があるか否かといった要素となる。

そして、その規模は、少なくともその社会的活動が順調に行われたならばそれによって標準的な家庭の生計を維持することが可能な程度の規模でなければならないというべきである。

なお、所得税基本通達二七―二及び措置法通達六九の三―四によれば、自己の責任において他人の物を保管する有料駐車場等は事業用の宅地にあたる旨定め、「自己の責任において他人の物を保管する」場合とは、施設の管理者を置き利用者の自動車等の出入りを管理している場合や、不特定多数の客から時間の長短に応じて定めた料金を徴収している場合など自己の責任において他人の物を保管しているようなものをいい、それ以外の単なる場所提供にすぎないと認められるものは事業にあたらないとしている。さらに、自己の責任において他人の物を保管する場合でも、その規模が小さくて社会通念上事業と称するに至らないときは事業にあたらないものとしている。

(二) 本件貸駐車場業は、月極の契約で、預かった物品たる自動車の保管等につき何らの責任も負わないこととし、管理人も置かず特段の管理行為を行わず、単に土地を提供して土地の使用の対価を得ているにすぎないものであったのであるから、規模の大小を論ずるまでもなく人の社会的活動という「事業」概念の外延を充たさないから、「事業」にはあたらないというべきである。

(三) 規模については、本件貸駐車場業の駐車スペースは約三〇台であり、同業経営による所得は貸駐車場の経営を通年行った最後の年である平成二年において三三四万三二一六円であった。三〇台という駐車スペースは一般的な事業の水準からすれば小規模であるし、所得の額も我が国の一般的な賃金水準等に照らせばかなり低い水準であった。しかも、駐車スペースが一定である以上、経営が順調に行われたとしても大幅な所得の増加は期待し得ないものであった。

(四) 本件貸駐車場業は、営利目的で有償で行われていたものであり、比較的長期間継続して行われ、その計算は和義自身に属していたものである。

しかし、同業は、駐車車両等の保管等について貸主は責任を負わないこととされており、危険を負担しないものであった。また、管理人等の人的設備を置かず、特段の管理行為も行わず、精神的肉体的労力はほとんど費やされていなかった。さらに、雨や泥による駐車車両の汚れを防ぐための最低限度の物的設備が存したのみであり、駐車場の設備としては十分であったとしても、一般的な事業の有する物的設備と比較すれば最も簡素な部類に属するものであった。

本件貸駐車場業が行われていた土地の資産運用効率については、その資産価値はおおよそ二〇億円を超えると認められるところ、和義が年間に収受していた賃料は、一〇〇〇万円にも満たない金額であって、定期預金の金利の、およそ五パーセントから六パーセントをはるかに下回る〇・五パーセントにも満たないものとなっている。本来、同土地は、名古屋市中区の商業地区に位置し、周囲に会社事務所が多数存在する地区にあり、現にその後和義がテナントビルとしての土地の利用を企図し手がけたように、貸駐車場としての利用しかできないような土地でないことは明らかである。

和義は、旧映画館の跡地をとりあえず収入を得る方法として、最も危険の少ない単なる土地の貸付にすぎない貸駐車場を選択したにすぎないのであり、当該業務が「事業」といえる「企画遂行性」の要素の乏しいものであることは明らかである。

(五) 和義の社会的地位及び生活状況を見ると、和義は、名古屋市中心部に所在する宅地をはじめとして総額一八億二九六〇万五一一三円に達する資産を所有する富豪であり、テナントビルの経営等その所有する資産のより効率的な活用を行えばはるかに高い所得を稼得することが十分可能である立場にあった。そうであったにもかかわらず、和義は、所有する土地の一部で月極の貸駐車場のみを経営するという最も効率的でない資産の利用を行っていたのであり、社会通念に照らせば、むしろ、和義は事業を行っていなかったというのが適当な評価である。

(六) 生計維持の点については、利子所得で生活していても、それが事業とはいえないことは明らかであることからすると、その要素を余り重要視すべきではない。

また、専従者給与や減価消却はそれを考慮する際、基礎とすべきでない。なぜなら、専従者給与を考慮することは、同じような形態のものであっても、従業員が家族であるか否かにより結論を異にすることとなり妥当でなく、減価償却費は、取得時に投下した資本の後年度における取崩しを意味するものであるにすぎず、それ自体は貸駐車場経営による収入であると評価することはできないからである。

また、和義のような資産家の場合には、標準的な家庭のような住宅ローンや貯蓄等を行う必要がなかったのであり、元来生計に要する費用は標準的な家庭より少なくて事足りたものと考えられるのであり、そうでないとしても、あえて自らの意思により倹約をして生計費を低く抑えていた場合に、現に生計を維持していたことをもって「事業」を行っていたものということはできない。

(七) 本件駐車場の形態では、和義の生活状況の中で貸駐車場を維持してゆくための時間は、生活時間全体に占める割合が相当低いものであることは容易に分かる。

(八) 以上より、本件駐車場業は、「事業」にはあたらない。

4  したがって、本件において本件特措法を適用する余地は存しない。

第三争点に対する判断

一  争点一について

1  相続税は、相続財産を相続又は遺贈により取得した財産としており、何を相続税の課税財産とみるかは、原則として、民法等の一般私法の定めるところに基づいて、私法上の法律関係を前提として判断されるものである。しかしながら、相続税が財産の無償取得により生じる担税力の増加を課税の根拠としていることからすると、相続財産が何であるかを判断する際には、単に形式的な法律的観点ないし私法上の法律関係の如何にとらわれることなく、相続税課税上の妥当性、相当性という観点、言い換えれば経済的実質という観点からもなされるべきである。

2  本件で、被告は、第一次的に本件契約を本件土地と本件建物持分の二つの売買契約と解すべきで、本件契約に係る積極相続財産は、本件代金請求権であると主張している。

確かに、契約上は、本件土地と本件建物持分の二つの売買契約が存在するかのようにも思える。しかし、本件契約条件によれば、本件土地と本件建物持分のそれぞれの所有権の移転は、建物竣工後一五日以内の和義及び三和建物の定めた日に行うものとし、同時に和義及び三和建設は互いに相手方に対して、売買物件の所有権を移転しかつ引き渡すこととされ、和義と三和建物は、本件建物持分引渡時に、本件土地及び本件建物の各売買代金債務を対等額にて相殺すること、和義は、三和建物に対し、相殺差額金三億九三七六万〇四〇〇円を支払うこととされていることからすると、和義は、本件契約のどの段階においても、およそ本件代金請求権を行使して、その代金相当額の現金を取得する余地はなかったことが認められる。他方、本件契約が二つの売買契約という形式をとったのは、和義が三和建物に支払う右相殺差額の適正な価格を算出するためのものにすぎないと解される。したがって、本件契約の実質は交換契約と解するのが相当である。

以上より、本件代金請求権が相続財産であるとの被告の主張は採用することができない。

3  証拠(甲三二、三三、乙一、原告本人)によれば、和義は、本件契約締結日に、二〇五番土地及び二〇七番二土地に根抵当権者を三和信用保証株式会社とする極度額六億六〇〇〇万円の根抵当権を設定し、三和銀行株式会社から金三億三〇〇〇万円を借り入れ、本件契約条項に基づき、三和建物に対し、本件契約の相殺差額金の一部として契約時に金一億一〇〇〇万円を、建物上棟時である平成四年三月二五日に金一億一〇〇〇万円を、それぞれ支払ったこと、本件契約条項には、和義が三和建物に対し、担保提供をする義務を負うことが定められていたが、実際、和義は、平成四年三月一〇日の根抵当権設定契約に基づき、債務者を三和建物とする極度額二億五〇〇〇万円の根抵当権を二〇七番二土地に設定し、同年四月一〇日付けで根抵当権設定登記をしていることが認められる。また争いのない事実等によれば、本件建物の工事は、平成三年七月二〇日に、着工し、平成四年三月末日当時、その工事の進捗率は五五パーセントであったことが認められる。

本件契約の実質は交換契約であると解すべきであり、和義は、本件土地をもって本件建物持分を取得することができる地位にあったと解されるところ、右認定事実からすると、本件契約は本件相続時において相当程度履行過程にあったと解され、和義の右地位も相当程度確実になっていたと解される。そうだとすれば、たとえ本件契約上、本件土地の所有権移転時期に特約があり、相続時における私法上の法律関係としては、本件土地の所有権が和義に残っているとしても、もはやその経済的実質は本件建物持分のうち本件土地と等価で交換される部分(以下「本件建物等価交換部分」という。)の引渡請求権を確保するための機能を有するにすぎないものであったと解される。

したがって、本件契約に係る積極相続財産は、本件土地所有権ではなく、本件建物等価交換部分の引渡請求権であると解するのが相当である。

二  争点二について

1  証拠(原告本人)によれば、本件契約で売買代金として定められた本件土地及び本件建物持分の価額は、和義と三和建物との間で、本件契約時において、適正な価額として了解されたものであったことが認められること、証拠(甲五〇の2、五二)によれば、完成後においても本件建物の価額が下落したとは認められないことからすると、本件建物等価交換部分の引渡請求権の相続時における時価は、本件契約における本件土地の代金額と同じ六億〇四二三万九六〇〇円と認められる。

2  契約対象外土地及び西里町土地について

(一) 相続税法(平成四年法一六号による改正後のものであって、平成六年法二三号改正前のもの。以下同じ。)二二条にいう時価とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額であると解される。

(二)(1) 被告は、契約対象外土地を路線価により評価しているが、路線価は、その宅地の価額が、概ね同一と認められる一連の宅地に面している不特定多数の者の通行の用に供される道路ごとに設定されるもので、その路線に面する一連の宅地のうち〈1〉ほぼ中央に位置し、〈2〉共通の地勢にあって、〈3〉その路線だけに面しているもの(一方路線)で、かつ、〈4〉標準的な間口距離及び奥行距離を有する形又は正方形のものについて、地価公示法に基づいて国土庁が実施する地価公示による公示価格、売買実例価額及び不動産鑑定士等の精通者意見価額を基として国税局庁がその路線ごとに評定した一平方メートル当たりの価格である(評価通達一四)。そして、右のような路線価の設定方法自体は、客観的交換価値を反映しうる適正なものというべきである。

また、証拠(乙九)と弁論の全趣旨によれば、路線価は、毎年一月一日を評価時点とし、評価上の安全を考慮して公示価格水準の概ね八〇パーセント程度により評定されていること、公示価格は、都市計画区域内で標準的な土地を選定し、当該標準地について二人以上の不動産鑑定士又は不動産鑑定士補の鑑定評価を求め、国土庁に設置された土地鑑定委員会がその結果を審査し必要な調整を行って、毎年一回一月一日時点の正常な価格を判定し、公示するものであることが認められる。右のような公示価格の設定方法は原則として毎年一月一日の時点における客観的交換価値としての時価を評価する根拠としての合理性を有するというべきであり、右のようにして設定された具体的な路線価は原則として、当該年間の客観的交換価値としての時価を評価する根拠としての合理性を有するというべきである。

(2) 平成四年における契約対象外土地及び西里町土地周辺の公示価格の設定が客観的交換価値としての時価を上回ったものであるとの事情は何らうかがわれない。

また、証拠(乙六、乙八)と弁論の全趣旨によれば、契約対象外土地のすぐ東側に所在する名古屋市中区丸の内一丁目二番九号の標準地(標準地番号名古屋中五一二三)において、平成四年の年間下落率は三五・七一パーセントであったこと、平成四年の一月から三月までの短期の地価動向によれば、名古屋市中区の商業地の平均で五パーセントほど地価が下落したにすぎないことが認められる。

さらに、証拠(乙六、一六)によれば、名古屋市名東区において、時価の下落率が住宅地よりも高い商業地で見ても、平成四年の平均下落率は一八・七パーセントであり、地価公示の標準値の変動率は、最低一七・五八パーセントから最高一九・九一パーセントとなっているにすぎないことが認められる。

右事実からすれば、一年間の四分の一も経過していない平成四年三月二六日の和義死亡時点において、契約対象外土地及び西里町土地の地価が同年一月一日の時点と比較して二〇パーセント以上も下落したとは認められない。

したがって、被告が路線価により契約対象外土地及び西里町土地の評価をしたことは適法である。

(3) そして、証拠(乙一七、一八)と弁論の全趣旨によれば、契約対象外土地は、普通商業・併用住宅地区に所在する一方路線に面する土地で平成四年の正面路線価が二二六万円であるところ、奥行距離が二七・四一メートルあることから奥行価格補正(同補正率〇・九七)すべき土地に当たることが認められる。

したがって、同土地の路線価評価額は、正面路線価に奥行価格補正率及び相当地積三五八・八五平方メートルを乗じた金額七億八六六七万〇九七〇円となる。

また、弁論の全趣旨によれば、西里町土地は、普通住宅地区に所在する一方路線に面する土地で正面路線価が四一万五〇〇〇円であるところ、奥行きに応じた調整等の必要がないため、同土地の路線価評価額は、正面路線価に地積二〇二・八四平方メートルを乗じた価額八四一七万八六〇〇円となることが認められる。

(三) 原告の主張について

(1) 原告は、契約対象外土地の時価が、路線価評価額よりも下落している根拠として、社団法人愛知県宅地建物取引業協会中部支部が発行した平成四年中区地価動向調査の記載を挙げているが、証拠(甲五)によれば、同調査は、平成四年一〇月一日現在の地価を売買実施例ではなく、同支部の地価調査委員が、市場における売り気配、買い気配を参考にしながら、同人らの高い見識と多年にわたる実務経験に加えて実戦に裏打ちされた鋭い「カン」をも折りまぜながら、調整した結果をまとめたというものであって、相続税法にいう「時価」とは異なる観点から土地の価格を評価したものであることが認められる。また、原告は、本件相続後、平成四年七月ころに、本件土地を株式会社京大アカデミーに売却する話が出た際の価格(甲五〇の1と2)を挙げているが、証拠(原告本人)によれば、その当時原告は、資金繰りに困窮し、本件契約を履行できない立場にあったのであって、明らかに売り急いでいたことが認められるから、そのようなもとで形成された価格を、相続税法にいう「時価」と認めることはできない。

その他、原告が挙げる根拠は、いずれも、契約対象外土地の時価の下落に直ちに結びつくものではない新聞記事等(甲一〇ないし二四)か、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額とは異なるものであって(甲四)、契約対象外土地の時価が、路線価評価額よりも下落しているとの主張を裏付けるものではなく、(二)で判示した認定を覆すに足りるものではない。

(2) また、原告は、西里町土地の時価が、路線価評価額よりも下落している根拠として、契約対象外土地と同様に社団法人愛知県宅地建物取引業協会中部支部が発行した平成四年中区地価動向調査の記載や新聞記事等を挙げているが、右証拠が(二)で判示した認定を覆すに足りるものでないことは、既に判示したとおりである。

なお、証拠(原告本人)によれば、原告は、名古屋市名東区所在の不動産業者から、相続時において西里町土地は、坪当たり一〇〇万円程度であるときいたことが認められるが、原告はその際、西里町土地に建物があることを前提にその評価額を聞いたことも認められるのであって、西里町土地の適正な評価の前提を欠くから、右証拠も(二)で判示した認定を覆すに足りる証拠ではない。

三  争点三について

1  契約対象外土地は、和義が死亡した平成四年三月二六日の時点において、既に本件貸駐車場業が廃止され、本件建物が建築中であったのであるから、「相続開始の直前において事業の用に供されていた宅地」との法の文言に直ちに該当するということはできない。

しかし、そもそも本件特措法に、事業の用に供されていた宅地が含められているのは、個人事業者等の円滑な事業承継を可能とするためである。即ち、個人事業者等の経営者が死亡した場合に、通常の取引価格を基礎とする評価額をそのまま適用することは、当該宅地が相続人等の生活基盤維持のために欠くことのできないものであって、その処分について相当の制約を受けることが通常であることとの実情に合致しないこととなるからである。

したがって、本件特措法の文言では、事業の用に供されていた宅地等は、「相続の開始の直前において」存在していなければならないが、このような本件特措法の趣旨からすれば、相続の開始の直前においてはたとえ当該宅地が事業の用に供されていなくても、相続の開始の以前において事業をしていたが、相続の開始の直前においては偶々事業を中断していて、相続後も再び事業を再開することが認められる場合には、右要件に該当するものとして、その適用を認めるべきである。

なお、被告は、相続後に再び事業を再開するか否かを現実に相続人が事業を承継した点に求めると主張している。確かに、本件特措法の趣旨からすれば、そのように解釈することの合理性が認められるが、被相続人が相続直前に当該宅地を事業の用に供していれば、相続人が現実に事業を承継したか否かを問うことなく、本件特措法が適用されることとの均衡からすると、そのように解するのは妥当でなく、相続後に再び事業を再開する否かは、あくまでも相続時点においてそのような態度が被相続人に認められるか否かによって決するべきである。

そこで、以下では、本件貸駐車場業は事業にあたるか否かを検討し、事業にあたるとすれば、相続時点において、和義に事業を再開する態度が認められるか否かを検討する。

2  本件貸駐車場業は事業にあたるか

(一) 事業とは、一般的には、自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動であると解されるが、当該活動が本件特措法にいう事業にあたるか否かを判断するにあたっては、法に定義規定がない以上、社会通念によって、実質的に判断すべきである。そして、本件特措法が、特に事業用宅地を居住用宅地に比し高い割合の評価減を行うことができるようにしているのは、事業用宅地については、事業が雇用の場であるとともに取引先等と密接に関連しているなど事業主以外の者の社会的基盤として居住用土地にない制約を受ける面があることなどに配慮したからと解されることからすると、その判断要素には、当該活動が人の社会的活動といいうるものであることを前提に、規模の大小、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における企業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して、社会通念上事業といいうるか否かを検討する必要があると解される。

なお、被告は、右諸要素のうち、一次的には、規模の大小をその判断要素としなければならず、その規模は、少なくともその社会的活動が順調に行われたならばそれによって標準的な家庭の生計を維持することが可能な程度の規模でなければならないと主張している。

確かに、本件特措法に、事業の用に供されていた宅地が含められている趣旨からすれば、少なくとも家庭の生計を維持することが可能な程度の規模でなければ、その円滑な承継を認める必要性もないと解されるのであるから、事業性を認めるべきではないが、規模の大小が最も重要な判断要素となるわけではなく、たとえ規模が最低限のものであっても、その他の判断要素によっては事業性が認められるべき場合もあろうことは明らかであるから、右判断要素に軽重をつけるべきではない。

(二) 争いのない事実によれば、本件貸駐車場業は、昭和四八年から平成三年四月までの約一七年間行われてきたが、証拠(甲三〇の2、三一、三四、原告本人)によれば、本件貸駐車場業の収容台数は、約三〇台であるところ、和義は、本件駐車場業を開業するにあたって、合計五八六万三九九五円を投じて、敷地をアスファルト敷にし、建築面積三三三・三平方メートルの鉄骨造で大波石綿スレートの屋根を有する車庫を建築していたことが認められる。また、証拠(乙一四の1、2、原告本人)によれば、和義は、本件貸駐車場業を行うにあたって、不動産業者等を介在させず、直接借主と契約を締結し、二年ごとに更新業務に当たり、毎月の賃料を自己の口座に振り込ませることによって管理し、駐車場の掃除や契約違反の駐車への対処等の駐車場自体の維持管理も自ら行っていたことが認められる。そして、証拠(甲二七と二八の各1、2、二九、三〇の1、2、三四ないし四九の各1、2、原告本人)によれば、本件貸駐車場業が開始されて廃止されるまで、本件貸駐車場の収入は年間五〇〇万円を超え、平成元年には七六〇万五〇〇〇円、平成二年で八六四万円に上っており、他方で他の資産の賃料は一〇〇万円未満であるから、和義の収入金額の多くは本件貸駐車場業の収入であったことが認められる。

(三)(1) 以上の事実からすれば、和義は、自ら直接的に本件駐車場業に携わってきたのであり、このような経済活動が社会的活動にあたることは明らかであり、本件貸駐車場業は、事業の前提条件を満たしている。また、和義は、本件貸駐車場業を有償で約一七年間行ってきているのであるから、営利性・有償性・継続性・反復性も優に認められる。

(2) また、和義は、自ら直接的に本件貸駐車場業に携わってきており、その開始にあたっては、敷地を駐車場として適切に使用できるよう、当時においてはそれなりの設備と評価しうる建築物等を設けるなどの投資も行っているのであるから、自己の危険と計算における企業遂行性も認めることができる。

ところで、証拠(原告本人)によれば、和義は、本件貸駐車場業を月極の形態で行っており、当初は個人を対象としていたが、廃業する数年前から法人を対象としていたことが認められる。

この点について、被告は、時間極めではない点、法人を対象としている点で、本件貸駐車場業は最も危険が少なく、企業遂行性が乏しいと主張している。

しかし、企業遂行性という点は、駐車場業という業務の性質上、当該宅地の存在する立地条件を考慮に入れ、投資に見合うだけの収益が可能かどうかを経営者として判断することにより行われるものであるところ、契約対象外土地は、名古屋市中区の商業地区に位置しているものの、その北側には外堀町通りが存在し、さらにその北方は名古屋城の外堀があるのであり、いわゆるバブル経済期に至るまでは当該地域が発展性の乏しい地域であったことは公知の事実であり、時間極めの駐車場業が商業的に成り立ったものとは思われず、そのような形態の貸駐車場を営んでいないからといって、必ずしも企業遂行性が乏しいということはできない。また、駐車場における駐車台数は立体駐車場建設等の莫大な投資をしない限り、限界があるから、仮に賃料が一定のものであるとすれば、いかに収入を増加させるかは、いかに安定した顧客を最大限獲得するかによるのであって、契約対象外土地の立地場所が発展性に乏しい地域でかつ商業地区であることからすると、莫大な投資をすることなく法人を対象としたことによって、その企業遂行性が損なわれるものではない。なお、証拠(甲二七と二八の各1、2、二九、三〇の1、2、三四ないし四九の各1、2)によれば、昭和六〇年度以降の和義の収入は、それまでの収入と比べて高い水準で安定していることが認められ、このことは、そのように、法人を対象とした和義の判断が経営者として間違っていなかったことを示すものであると解される。

また、被告は、本件貸駐車場業が行われていた土地の資産運用効率を云々するが、証拠(乙六)によれば、被告は、バブル経済により高騰した価額を基礎に右資産運用効率を計算しているのであるから、直ちに資産運用効率が低かったということはできない。

(3) 和義は、自ら直接的に本件貸駐車場業を経営してきたのであるから、ある程度の精神的肉体的労力を費やしていることが認められる。

なお、被告は、所得税基本通達二七―二及び措置法通達六九の三―四を引用して、本件貸駐車場業は、自己の責任で他人の物を保管するものではなく、単なる場所提供にすぎないと認められるから、事業にあたらないと主張している。

確かに、証拠(乙一四の1、2、原告本人)によれば、本件貸駐車場業は、特に管理人等においておらず、本件貸駐車場業の契約書には、駐車場内での事故に関しての免責条項が記載されていたことが認められるのであって、和義が自己の責任で契約者の自動車を保管していたものとは認められない。

しかし、右所得税基本通達は、「いわゆる有料駐車場、有料自転車置場等の所得については、自己の責任において他人の物を保管する場合の所得は事業所得又は雑所得に該当し、そうでない場合の所得は不動産所得に該当する。」と定めており、資産勤労結合所得である事業所得と資産所得である不動産所得との区別に関する通達であるところ、所得税法は、不動産所得を、不動産所得を生ずべき事業と事業以外の業務とに区分しており(所得税法五一条一項、二項、五七条一項、三項)、不動産所得であっても事業に該当する不動産貸付業が存在することが前提となっていることは明らかである。したがって、右通達によっても、自己の責任において他人の物を保管しない場合は不動産所得になると定めるのみで、それが直ちに事業に該当しないと定めているわけではない。

また、右措置法通達は、「自己の責任において他人の物を保管する有料駐車場、有料自転車置場等の用に供されていた措置法第六九条の三第一項に規定する宅地等については、原則として、事業用宅地等に当たるものとする。」と定め、自己の責任において他人の物を保管する場合が事業に当たるかどうかを定めるのみで、そうでない場合が事業に当たるか否かについては定めていない。

したがって、右通達によっても、本件特措法にいう事業に当たるためには、自己の責任で他人の物を保管するという役務の提供が必要条件であるとは解されず、自己の責任で他人の物を保管すると認められない場合でも、他の判断要素によっては事業性が認められることもあり得ると解するのが妥当である。

したがって、和義が、自己の責任で契約者の自動車を保管していなかったことをもって、事業性を直ちに否定することはできない。

(4) また、和義は、本件貸駐車場業を開始するにあたって、敷地をアスファルト舗装し、車庫を建築しているから、駐車場を経営するために必要な物的設備を備えているといえる。

(5) 和義の収入は、所得金額にすれば、そのほとんどが二〇〇万円前後であるから、決して多額ということはできない。しかし、和義は青色申告制度を利用していたのであるから青色申告控除額一〇万円が認められていたこと、昭和五〇年度の収入が六一七万二八五〇円で所得金額が四五〇万九七五一円であるのに対し、平成元年度の収入が七六〇万五〇〇〇円であったにもかかわらず原告を専従者として専従者給与を一二〇万円計上したため、所得金額が二三〇万二〇四四円になっていることからすると、必ずしも申告された所得金額が、和義及びその家族の実所得金額に合致していないと認められ、右所得金額が多額でないことをもってその事業性を否定することはできないものと解される。

なお、被告は、この点につき専従者給与も考慮に入れるのは専従者が家族か否かで事業性の認定が異なることになるため、不当であると主張しているが、本件駐車場業の実体を考慮すれば、専従者が必要的であるとは必ずしも認められず、和義が専従者給与を申告したのは、節税対策のためであったと推認されることからすると、当該経済活動の承継を相続人に認めるべきか否かという観点から判断される事業性を判断するに当たって、右事情を考慮することが不当ということはできない。

そして、証拠(乙一一の1乃至8、原告本人)によれば、和義及び原告は本件貸駐車場業開始から廃業まで、今枝義博は開始から昭和六〇年度まで、今枝知子は開始から平成元年まで、現実に、それぞれ本件貸駐車場業の収入を生活の糧の大部分としていたことが認められるのである。

(6) 以上の事実を総合勘案すると、和義は、本件貸駐車場業によって、社会通念上事業といいうる程度に自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動を行っていたものと認められるので、本件貸駐車場業は事業にあたると解される。

3  相続時点において、和義に事業を再開する態度が認められるか

証拠(甲五三、五七、五八の1、乙一、原告本人)によれば、和義が取得する本件建物の用途は事務所であって、いわゆるテナントビルであること、和義はそれを他人に賃貸することを企画していたこと、三和建物を通じて本件建物建築途中から賃借人の募集を行い、実際に和義が取得する部分である本件建物二階部分について伊藤直樹、三和建物及び和義との間で貸室転貸借予約契約書が交わされていることが認められる。

他方、証拠(乙三、四、一五、原告本人)によれば、本件建物完成後、和義の相続人である原告が本件建物の引渡を受けていないことが認められるが、これは、証拠(乙四、一五、原告本人)によれば、原告が融資銀行から追加融資を拒絶されたことと、本件相続による相続税の負担により、原告が本件契約に基づく相殺差額金二億九六六万四一〇〇円を支払えなくなったからであることが認められる。

以上の事実からすると、原告が相続税申告時までに本件建物が完成しているにもかかわらず、事業を再開していないのは、専ら相続後の事情によるものであって、相続時点においては、和義に事業を再開する態度があったことが認められる。

4  以上より、和義の本件貸駐車場業は事業にあたり、和義は、相続の直前においては事業を中断していたものの、相続時において事業を再開する態度が認められるのであるから、契約対象外土地を評価するにあたっては、本件特措法を適用すべきである。

第四総括

一  以上より、本件相続に伴い原告が納めるべき税額は以下のとおりである。

1  相続した財産(相続税法一一条)

別紙課税額一覧表相続財産欄記載のとおりであり、その合計額は、一五億二二六九万七一一三円となる。なお、契約対象外土地には本件特措法が適用されるので、その評価額の求め方は次のとおりである。

2,192,200(路線価)×200(本件特措法に定める面積)×30/100(減額割合)+158.85(残りの面積)×2,192,200(路線価)=479,762,970(円)

2  債務控除(相続税法一三条)

四億九八一二万八六〇七円

3  課税価格(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満切捨)

一〇億二四五六万八〇〇〇円

4  遺産に係る基礎控除(相続税法一五条)

七六五〇万円

5  相続税の総額の計算の基礎となる金額(相続税法一六条)

九億四八〇六万八〇〇〇円

6  原告の相続税額(相続税法一七条)

四億〇一四八万九一〇〇円

7  配偶者に対する相続税額の軽減(相続税法一九条の二)

二億〇〇七四万四五五〇円

8  相続税額(国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満切捨)

二億〇〇七四万四五〇〇円

9  過少申告加算税額

その求め方は、別紙過少申告加算税記載のとおりであり、その税額は、一三三八万四〇〇〇円となる。

二  したがって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 森義之 裁判官 安永武央)

課税処分の経緯

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課税額一覧表

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過少申告加算税

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